「青春」って言葉は一般的によく耳にしますよね?
「青春時代は良かった…。」
「若い青春の時に戻りたい…。」
「あぁぁーーーー青春してぇぇぇ!」
などなど。“青春を過ぎた人”が使う時はネガティブな意識を持って発せられることが多い。“青春(=若くて明るい時期)は終わった…”みたいな意味合いで。
でも10年前に、ある小説を読んだ時に「朱夏」という言葉を知り、意味を調べ、青春の次の時代があるんだと知り、この言葉が好きになり、こういう考え方もあるんだと学べたのでご紹介します。
青春・朱夏・白秋・玄冬
中国の創世記は陰陽思想が強くあり、季節や方角に色彩を紐づけて考えられていて、古代の日本人もそのまま踏襲し、むしろ積極的に取り入れて応用していたそうです。
昔の日本において方位の神々として取り入れられていた、[東:青龍][南:朱雀][西:白虎][北:玄武]が良い例ですね。
人生でいうと、どの年代なのか?
「古代中国における人生の分け方を、現代の日本人に置き換えた場合」という条件付きで言うと、五木寛之さんの説が一番しっくりきました(諸説あるので、これ!という正解はありません)。
- 青春:誕生~25歳頃まで
- 朱夏:25歳頃~60歳頃まで
- 白秋:60歳頃~75歳頃まで
- 玄冬:75歳頃~
「朱夏」カッコいい。
しゅ-か【朱夏】(五行思想で、中国において、赤色を夏に配するところから)夏の異称です。
四季を年代別に分類
【青春】0歳~25歳頃(せいしゅん)
オギャーっと誕生。すくすく育って少年に。そして多感で正義感の強い反面、考え方もまだまだ甘くて未熟な、青年になる。若々しい成長期。
【朱夏】25歳頃~60歳頃(しゅか)
ギラギラと太陽が輝く。この時節、人間も仕事に、恋に自分を燃焼させるとき。結婚して家庭を築き、社会的責任を果たす。そして困難にも前向きに生きる人間の活動期、フル回転の季節。
【白秋】60歳頃~75歳頃(はくしゅう)
白色は清浄を意味する。人生の一通りの役割を果たした後、生々しい生存競争の世界から離れて、秋空のようにシーンと澄み切った、静かな境地に暮らす時期。人生もここから後半に入る。
【玄冬】75歳頃~(げんとう)
玄は黒色のこと。黒のイメージは死である。この時期になると老いを感じ、死が頭から離れなくなる。ただ黒い冬という意味ではなく、ほのかな未知の世界へ向けてのかすかな予兆も宿している黒。
五木寛之さんの著書の中に分かりやすい例えがありました。
絵にたとえてみますと、青春はクレヨン画。朱夏が色鮮やかな油絵で、白秋が水彩。そして玄冬は水墨画みたいなものかもしれません。モノトーンの黒色の中に、あらゆる無限の世界がある。
玄冬の時期を穏やかに迎えられるかは、他の時期の中でも特に「朱夏」をどうプラスに過ごすかで変わってくるそうです。たしかにそうだ。
- 「玄冬の門」五木寛之著
- 「生きて、生きぬいて死ぬために」藤原東演著
- 「陰陽五行と日本民俗」吉野裕子著
- 「朱夏―警視庁強行犯係・樋口顕」今野敏著 ←「朱夏」という言葉を知った本
青春・朱夏・白秋・玄冬まとめ
この「青春・朱夏・白秋・玄冬」を年代に振り分けるのは諸説あります。
ネット検索で孔子の論語と組み合わせたりするものもありましたが、なぜ論語と組み合わせているのか出典が不明なので、図書館でいろいろ本や文献を探したところ「玄冬」が一番先である、という説もありました。
…だがしかし、やはり年代を明確に記載している本はありません。そもそもあったとしても古代中国人と現代日本人では、寿命も大きく異なりますしね…。
その理論でいくと、当ブログの年代分けも唯一の解ではありません。
ようは、気の持ちよう、考え方次第ということ!
僕は30代ですが誕生日を迎えても「年取ったな…」ではなく、「夏真っ盛りのギラギラ世代を驀進中!より良い白秋を迎えるために試練よ来い、ドンと来いマインド」を持てるようになりました。